歴史、芸術、経済、語学などさまざまなジャンルにおいて、知っておきたい事柄や興味深い出来事を、
生涯学習センターきらめき講座の講師の方々に、わかりやすく解説していただきます。
 今回、解説していただくのは、生き物や自然環境に関する講義でおなじみの圓入克介先生です。
5月からは「身近な生き物を知る」と題した講座を担当してくださいます。
 私たちの身近な生き物や自然環境について、お話を伺いました。

茨木市には、市街地から比較的近い所に緑豊かな自然があります。山や川、田んぼなどには、まだまだ多くの生き物がすんでいます。
この自然を大切に守り、次世代に引き継いでいくために、私たちは今ある身近な自然の姿を知っておく必要があるのではないでしょうか。
生き物が自然の中で生きていくためには、生態系を守ることが大切だといわれています。具体的にはどのようなことですか。

 生き物が生きていくためには、多くの種類の生き物がお互いに関わり合いを持つ必要があります。この関わり合いを生態系といい、その関係を大きく分けると、「生産者」「消費者」「分解者」の3つになります。 
 まず、「生産者」に当てはまるのが植物です。植物は根から吸い上げた水と、葉から取り込んだ空気中の炭酸ガスを原料に、太陽のエネルギーを使ってデンプンをはじめ多くの栄養を作って、根や茎、葉、実に蓄えます。その植物が蓄えた栄養を「消費者」として動物が食べるのです。つまり、毛虫からゾウに至るまで、すべての動物は植物の存在なしには生きていけないのです。肉食動物といえどもその餌となる動物、あるいはそのまた餌になる動物も、もとをただせば、すべて植物を食べています。人間も例外ではありません。植物の存在しないところでは私たちは生存できないのです。これらの動物の間には「食う−食われる」の関係があります。例えば、植物の葉を昆虫が食べ、その昆虫をクモが、そのクモをカエルが、そのカエルをヘビが、そのヘビをタカが食べるという関係です。これを食物連鎖と言います。
 次に登場するのが「分解者」です。その役割を果たすのは、昆虫の幼虫や土中生物といわれる小さな生物です。枯れた植物や死んだ動物が朽ち果てて姿がなくなるのは、これらの「分解者」の働きです。枯れた木には昆虫の幼虫やシロアリ、種々の微生物がすみつき、枯れ木を餌にして分解します。死んだ動物も微生物などによって同様に分解されて土に戻り、植物の養分となります。ものが腐って分解するのはすべて微生物の仕業なのです。
 これらの生態系が乱れると、各々の関係に不都合が生じ、やがては生存できなくなる生き物が出てくるのです。




  
自然と共存するためには里山を豊かにすることが必要だと言われていますが…。

 里山は単なる山ではなく、多くの場合、人の住む里と深く関わってきた森や林、その周辺の池、川、田んぼを指すことが多いようです。 古来、我々の祖先は畑や田んぼを雑木林の近くに作り、そこから燃料や食材を得、また、農作業に必要な資材や落葉を得るために、雑木林を手入れして、自然と共存しながら生活してきました。ですから、里山といわれる雑木林は数千年以上にわたって、どちらかというと人の都合によって植物が調整され、人が関わった形での生態系が出来上がっていたのです。
 しかし、人々は生活に必要な新しいものを次々と作り、自然の恵みを必要としなくなったため、山に入らなくなりました。里山に人の手が入らなくなると、木々はうっそうと茂り、風で倒れた木は横たわり、日光が当たらなくなり、花や実を付けていた低い木々は育たなくなります。そうなると小さな動物が住めなくなり生態系は乱れます。こうした雑木林を豊かにすることはむずかしい問題で、手を加え過ぎると整備された公園になってしまいますし、手を入れなければ荒れ放題になります。
 一方、植林された杉や檜は田んぼの稲と同じで、手入れをしなければ、木材として十分なものはできません。 
 しかし、人が手を入れてはいけない森や山もあります。原生林といわれる森です。ここでは自然の状態で安定した生態系が維持されています。
 自然保護と自然保全という言葉がありますが、それは、人の手を加える保護と手を加えず自然のままにしておく保全とがあるということです。  最近、茨木の里山でも、イノシシやシカが農作物を荒らすことがあります。開発が進んだためだとか、山が荒れて餌が少なくなったためだとかいわれていますが、果たしてそれだけでしょうか。一般的に野生動物は餌の量に見合うだけの数しか生存できません。野生動物保護のもとに数が増えすぎたため、動物たちにとって一番恐ろしいはずの人間の生活圏に進出せざるを得なくなったとは考えられないでしょうか。自然を守るということは難しいことです。

茨木市の里山には多くの生き物が生息しています。
例えば、田んぼにはどのような生き物がいますか。

 大地に広がる緑の田んぼを見て、多くの人はすばらしい自然だと思うでしょう。しかし、厳密にいえば田んぼは人工物なのです。大昔、平地をならして土手を築き、水を張って稲という草を植え、稲以外の草を取り除き、肥料を与えて育ててきました。この作業を数千年繰り返しているうちに、田んぼを生活の場とした生き物が小さな生態系を作り上げました。
 春になって、田んぼに水が入るとカエルが登場して卵を産み、それをねらってアメンボがやってきます。水辺で冬を越したトンボの卵からヤゴがかえり、ミジンコやオタマジャクシを食べ、やがて水を離れてトンボになります。そして、秋にはまた田んぼに戻り、卵を産んで一生を終えます。泥の中では、イトミミズやアカムシが動き、それをねらってイモリが登場します。川筋を伝ってドジョウや小魚も入ってきます。ミズカマキリやタガメが魚やカエルを餌にします。豊年エビやカブトエビは卵で冬を越し、水の入った田んぼで一生を送ります。また、稲を食べるカメムシをカエルが退治します。このように田んぼには、生き物の小さなすばらしい世界があるのです。田んぼの畦や土手に生える植物も同じです。ここでは毎年同じ場所に同じ植物が生え、その植物を交えた小さな生き物たちの営みが季節ごとに繰り返されているのです。

環境問題でよく「エコ」という言葉を使いますが、
その意味を教えてください。

 「エコ」とはエコロジーを略したもので、自然環境という意味に使われていますが、本来は、生態とか生態学という意味であり、生き物の生きる様子を知るための学問です。
 生き物が生きるためには、多くの種類の生き物たちが互いに関わり合いを持つことと、それにふさわしい環境にあることが必要です。しかし、最近、あちこちで生き物の姿や生態に異変が起きています。その原因を調べていくうちに、環境に大きな問題が潜んでいることが分かりました。そして、その問題が人類の生存にも関わる可能性があるために、世界の緊急問題として取り上げられているのです。
 このように、身の回りの生き物を知るということは、環境問題を考える上での第一歩になるのです。