歴史、芸術、経済、語学などさまざまなジャンルにおいて、知っておきたい事柄や興味深い出来事を、
生涯学習センターきらめき講座の講師の方々に、わかりやすく解説していただきます。
 今回は、現在開講中の講座、「代謝の栄養学」を担当されている田川邦夫先生に、代謝と健康について解説していただきました。

    
 私たちは代謝という言葉をよく知っていますが、「では代謝とはどのようなことですか」と聞かれると答えに困ってしまうのではないでしょうか。
私たちは日々、生きていくためにいろいろな食物を摂取します。その食物の栄養物質が、体内でさまざまに化学変化をする過程を代謝と言うのです。
そして、この代謝が順調に進行することが私たちの体の健康を維持する基本となります。
 では、代謝は具体的にどのような過程で進むのでしょう。中学校の理科や高等学校の化学を思い出しながら、代謝について一緒に勉強しましょう。
体に取り入れられた栄養素は、どのような変化を経て最後に体外に排出されるのですか。

   食物中の栄養素は体内に消化吸収された後、さまざまな
化学反応を経て変化し、体の構成物質(糖質[炭水化物]、脂質、タンパク質など)になります。その構成物質はさらに化学変化をして、最終的には酸素(O2)によって酸化分解(燃焼)されて、二酸化炭素[炭酸ガス](CO2)と水(H2O)になって体外に排出されます。
 体の構成物質のうち、糖質と脂質は炭素(C)、水素(H)、および酸素(O)の3つの元素で構成されており、完全燃焼すると二酸化炭素と水になります。タンパク質を構成するアミノ酸はこのほかに窒素(N)を持っています。アミノ酸のN原子は、燃焼に先立って尿素になって排出されます。
これらの一連の過程を代謝と言います。



代謝についてもう少し詳しく教えてください。

  代謝、すなわち栄養物質を燃焼するためには酸素(O2)が必要です。人はこれを呼吸によって肺から取り入れます。
人の体は約60兆個もの細胞からできていて、栄養物質の燃焼はこの一つひとつの細胞の中で行われます。肺呼吸で取り入れた酸素は血液によって全身の細胞に送られます。
そこで実際に燃焼が起こるので、これを細胞呼吸と呼んでいます。
 細胞呼吸(細胞内の代謝)は、栄養素ごとに独自の過程で進行しますが、細胞呼吸の最後の過程はすべてに共通します。つまり、それぞれの栄養素はさまざまに変化した後は酢酸に転化します。この酢酸がクエン酸サイクルという代謝活動でエネルギーになり、最後は二酸化炭素と水に完全分解され、体外に排出されます。
 生きている細胞は、運動をしたり、タンパク質や脂質などの細胞構成物質を合成するなど、さまざまな仕事をしていますが、それにはエネルギーが必要です。そのエネルギーはアデノシン三リン酸(ATP)を分解することで供給されます。ATPは細胞内に存在し、分解されるとエネルギーになります。細胞呼吸で重要なことは、燃焼に伴ってATPが合成されるということです。
 細胞の中にはミトコンドリアという特別の構造体がありますが、この構造体の中にはクエン酸サイクルなどの細胞呼吸の装置があります。言うならば、ミトコンドリアは細胞内の火力発電所で、電力に相当するものがATPということになります。
 もう一つ重要なことは、ATPは細胞の中に大量に蓄えることができません。細胞が仕事(細胞呼吸)をしてATPが消費されるときにはじめて合成されます。


代謝が低下すると、私たちの体はどのような
影響を受けるのですか。

  細胞呼吸の最終の燃料となる酢酸は、燃料になるほかに、さまざまな構成物質を合成する原料になります。もっとも合成されやすいのが脂肪です。私たちの体が休息して、栄養が十分に供給されているとき、細胞呼吸が低下すると酢酸は容易に脂肪に転化します。新しく合成された脂肪は、全身に存在する脂肪細胞に移行し蓄積されます(細胞は約300種類ありますが、一番多いのが筋肉細胞で、次いで多いのが脂肪細胞です)。すべての脂肪が脂肪細胞に貯蔵されれば生理的には問題は起こりませんが、肝臓や心臓などの臓器にたまると、機能障害が生じます。このときには全身の脂肪細胞に脂肪が満杯になって、これ以上脂肪を取り入れることができない状態になっており、体は肥満になっています。肥満は日常の細胞呼吸の低下に由来する最も一般的な生活習慣病です。
筋肉や脳が果たす役割について教えてください。 

 肝臓、腎臓、心臓などの内臓諸臓器は、人が寝ているときも起きているときも休むことなく活動し、人の意思には関係なく活動(細胞呼吸)しています。熟睡しているときも肺呼吸が止まらないのは、内臓諸臓器の細胞呼吸を支えているからです。一方で、筋肉は人の自由意思で活動し、また、休息します。休息しているときは細胞呼吸はほとんど停止しています。筋肉は体重の約40パーセントを占める最大の臓器ですから、その細胞呼吸の程度が体全体に及ぼす影響は絶大です。全身の筋肉が活発に活動するときに呼吸が激しくなることからも、それは実感できます。
 筋肉は日常的に活動すると増強しますが、活動しなくなると萎縮していきます。それは細胞の構造などが細胞呼吸に大きく依存するからです。内臓諸臓器は絶えることなく細胞呼吸をするため、その機能は何かの病気にならない限り死ぬまで萎縮しないのです。脳も全体としては内臓と同様に休むことなく活動しますが、大脳は筋肉と同様に、活動の停止状態が続くと次第に機能が低下します。 八十の手習いという言葉がありますが、老いても学習活動をすることは大脳の機能低下を防ぐ大きな効果になります。

ミネラルやビタミンの役割について教えてください。

  代謝、すなわち体の中の化学反応はすべて酵素に触媒されて進行します。酵素はタンパク質でできていますが、中には機能発揮するのにタンパク質以外の成分を必要とするものもあります。その成分を補酵素と言います。補酵素は無機化合物(ミネラル)と有機化合物(ビタミン)に大別されます。
 ミネラルは体内で新しく合成することができないので、外部に依存しなければなりません。しかし、人に必要なミネラルはほかの生物にも共通しますから、通常の食物の中に十分含まれています。特殊な生理状態や病気などの場合を除いて、特別に不足することはありません。 
 人が必要とするビタミンは13種類あります。そのうち、ビタミンB群は有機補酵素を合成する重要な原料素材です。
このうち一つでも不足すると代謝に異常をきたします。しかし、これもミネラルの場合と同じで、通常の食物の中で十分摂取できます。
 ビタミンC・A・Dもそれぞれ重要な役割を果たしますが、少し役割が異なりますので、今回は割愛させていただきます。


毎日の生活の中で、健康を保つために大切なことを
いくつか教えてください。

 健康を維持する基本は、毎日の食事で取り入れた栄養物質を体内で完全燃焼させて蓄積させないこと。そのためには、体全体の約40パーセントもある筋肉を活動させることが最も有効です。生活習慣病を予防するための生活指針として言われているのが、栄養代謝学を実際の生活に適用
した標語です。

一に運動、二に運動、三、四も運動、五に食事

これに大脳の萎縮を予防するための日常の学習を加え、

楽しい運動、楽しい学習、楽しい食事

となります。これをモットーにして、健康で長生きしたいですね。